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神戸地方裁判所姫路支部 昭和58年(ワ)292号 判決

主文

一  被告は原告に対し、金二六八万四四三〇円及びこれに対する昭和五八年九月八日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求は棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。但し、被告が金九〇万円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金四八六万三八一八円及びこれに対する昭和五八年九月八日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  第一項につき仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 発生日時 昭和五七年六月二六日 午後四時頃

(二) 発生場所 兵庫県加古郡播磨町宮西先道路国道二五〇号線

(三) 事故状況 事故現場は車道、歩道の区別があり、車道、歩道はガードレールで分離されており、そのガードレール設置位置に、鉄板製道路標識が設置されていた。ところが、この道路標識鉄板が垂直、かつ、ガードレールに平行に設置されるべきところ、鉄板の支柱への取付けが悪く、鉄板が支柱を中心に回転しうべき状況で、鉄板が車道、歩道にはみ出していた。おりしも、原告は自転車にて車道を進行中、鉄板が原告の左手に当り、その場に転倒した。

2  負傷内容

(一) 原告は、右事故により、左長拇指伸筋腱及び長橈側手根伸筋腱断裂、右肩及び左手打撲挫創、左拇指MP関節拘縮、左手関節腱鞘炎の傷害を負つた。

(二) 原告は、昭和五八年二月一六日まで二三六日間中一一九日の実治療を受け、その間、腱形成術を受けたが、昭和五八年二月一六日症状固定はしたものの、左中手指節関節及び左拇指節間関節の可動制限、左握力低下、左拇指背屈力の低下及び左拇指のしびれ感及び疼痛の後遺症を残す結果となつた。

3  責任原因

(一) 本件事故現場は国道二五〇号線であるが、その維持管理は兵庫県知事が行い(道路法第一三条一項)、その費用は被告が負担するところである(道路法四九条)。

(二) 前記のとおり、本件事故原因となつた道路標識は、公の目的に供せられた物的施設であり、これは営造物であり、この鉄板標識の取付不良は、その設置もしくは管理の瑕疵というべく国家賠償法第二条、第三条により、被告には原告の本件事故による損害を賠償する責任がある。

4  損害

(一) 原告は本件事故により次の損害を被つた。

(1) 治療費等 二一万三四三〇円

岡本クリニツクにおける治療費及び診断書代等である。

(2) 交通費 一〇万円

病院まで片道約一〇〇〇円のタクシー代、通院約五〇回分

(3) 休業損害 一一万五一一八円

原告は教職公務員であるが、本件事故のために年次休暇を七・五日分休んだ。

原告の昭和五七年六月支給給料は、本給三六万七九六二円、調整手当三万一一一六円であり稼働日数二六日として一日当り一万五三四九円となる。従つて、休業損害は七・五日分一一万五一一八円となる。

(4) 雑費 二万三八〇〇円

通院雑費一日当り二〇〇円、実通院日数一一九日で合計二万三八〇〇円となる。

(5) 負傷慰謝料 五八万円

原告は本件事故により、約八カ月に及ぶ通院を余儀なくされ、かつ、その間腱形成手術を行うなど多大の精神的肉体的苦痛を受けた。

(6) 後遺症慰謝料 四〇三万円

原告の後遺症は、自動車事故後遺症等級にすれば第一〇級七号に相当するものである。

合計 五〇六万二三四八円

(二) 損益相殺

原告は前記治療費のうち一九万八五三〇円は教職員共済支払基金よりの支払を受けた。

よつて、原告は被告に対し、右損害賠償金四八六万三八一八円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1のうち、原告主張の日時場所において事故が発生したこと、事故状況につき、「事故現場は」から「平行に設置されるべきところ」までの主張部分は認めるが、「鉄板の支柱への」から「歩道にはみ出していた。」までの主張部分は否認し、その余は知らない。

2  同2(一)、(二)は全部不知

3  同3のうち、(一)は認めるが、(二)は争う。

4  同4は全部不知

三  抗弁

仮に原告主張のとおり標識に何らかの瑕疵があつたとしても、原告は前方を十分注視せずに運転走行したこと、また事故現場には自転車通行可の歩道が設けられており原告もこのことをよく認識していたにもかかわらずあえて危険な車道を走行したことなど原告の重大な過失が本件事故の原因となつているので、過失相殺がなされるべきである。

四  抗弁に対する認否

抗弁は争う。

第三証拠

本件口頭弁論調書中書証目録及び証人等目録に記載のとおりである。

理由

一  証人三森勝雄の証言、原告本人尋問の結果、これによつて真正に成立したものと認められる甲第二号証、第三号証、第六号証、検証の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は、昭和五七年六月二六日午後四時頃、兵庫県加古郡播磨町宮西先道路(国道二五〇号線)南側を、自転車を運転して西進していたこと、右道路南側はその南端線から約一・五メートル北側に右南端線とほぼ平行して鉄製のガードレールが設置されていたところ、右ガードレールの南側道路は自転車通行可の歩道と、その北側道路は自転車道とそれぞれ指定されているが、右道路にはやや南東方向からの進入路がありこの進入路から右二五〇号線に進入するための側道が約六メートル幅で西進するに従い徐々に狭くなる状態で設営されていること、原告は右道路を西進するにあたり右歩道を走行せず、北側の車道となつている側道をガードレールに沿つて進行したこと、右ガードレールは鉄製の支柱(直径一一センチメートル、高さ七二センチメートル)で支えられ、右支柱には長方形の鉄板(縦〇・五メートル、横一メートル、厚さ二ミリメートル)とこれを支えるポール(直径八センチメートル、高さ一・五二メートル)から成る標識が四ヶ所設置されていたが、そのうちの最も西側の標識板はポールへの止め金による固定が十分でなく左右に約三、四〇度揺れる状態にあつたこと、ところが原告は、車道を進行していたため後方から進行して来る車に注意を向けるあまり前方にさして注意を払わない状態で西進していたところ、右の固定が不十分な標識板の東側部分がやや北側に揺れ出ていたため、右標識板の東側部分に自転車のハンドルの左側部分及びこれを握持していた左手を衝突させその反動で進行方向に向けて右側に転倒したこと、原告は、右事故により、請求原因2(一)記載の各傷害を負い、昭和五八年二月一六日まで向町本荘所在の岡本クリニツク内医師岡本光人から実治療日数一一九日の治療を受け、更に腱形成術の手術を受けたが、同日症状固定はしたものの請求原因2(二)記載の各後遺症を残す結果となつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

二  被告の責任

1  法令上、本件事故の現場である国道二五〇号線の維持管理は兵庫県知事が行い、その管理費用は被告が負担するところであることは当事者間に争いがなく、また前記標識板は交通安全施設として兵庫県知事が設置したものであることは被告の自認するところであり、以上の事実に前認定にかかる標識板の形状、設置状況を併せ考えると、右標識板は国家賠償法二条に言う公の営造物に該当すると言える。

2  更に、原告が衝突した標識板がその取付不良により左右に約三、四〇度揺れる状態にあり、付近を自転車等で通行する者の身体を侵害する危険のあつたことは前認定のとおりであり、右によればその設置又は管理に瑕疵があつたと言うことができ、原告はその瑕疵によつて前記衝突転倒事故に及び前記傷害、後遺症を負つたことは前記一の事実に照らして明らかである。従つて被告は、同法三条により原告の右損害を賠償する義務がある。

ところで、原告の供述には、体のどの部分が標識板のどの部分に当つたかにつきやや不明確な点があるが、前記一に認定の事実をもつてすれば被告の右賠償義務を肯認するに十分であり、右の点は被告の賠償義務の存否を左右するものではない。

三  損害

1  前記甲第二号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は前記一に認定の本件事故による傷害によりその治療費として金二〇万一五三〇円を支出したことが認められ、右認定を左右する証拠はない。

2  前記甲第二号証、成立に争いのない甲第四号証の一ないし三及び弁論の全趣旨によれば、原告は、右傷害の診断書の代金として金一万一九〇〇円を支出したことが認められる。

3  原告本人尋問の結果によれば、原告方から通院先の岡本クリニツクまでのタクシー料金は片道一〇〇〇円を下らなかつたことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はないが、原告本人尋問の結果に傷害の程度及び通院期間等を併せ考えると、少くとも必要かつ相当とみられるタクシーの通院のための利用回数は一〇回を下らなかつたものと推認される。従つて、右交通費は往復で計金二万円の支出となる。

4  休業損害については、通院等に有給休暇を利用したことにより得べかりし利益を喪失したとする原告の主張は肯認できないから、採用しない。この点は、負傷慰謝料の算定について考慮するのが相当である。

5  原告が原告主張の通院雑費を支出したことを認めるに足る証拠はない。

6  負傷に対する慰謝料

前記認定にかかる負傷の内容、程度、治療の経過、通院日数等に徴すれば、原告が右負傷によつて被つた精神的苦痛を慰謝するには金六〇万円が相当である。

7  後遺症に対する慰謝料

前記認定にかかる後遺症の内容、程度に徴すると、右後遺症は自転車事故後遺症等級にすれば第一〇級に該当すると認められるから、これに対する慰謝料は金に対する慰謝料は金三二〇万円とするのが相当である。

8  原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、請求原因4(二)の事実が認められる。

四  過失相殺について

前記認定のとおり、原告は、本件事故の際、車道を進行していたため後方から進行して来る車に注意を向けるあまり前方にさして注意を払わない状態で進行していたのであつて、右のような原告の過失が本件事故の一因をなしていることは明らかであり、原告の右過失と前記一に認定の事実を総合すると、原告の損害に三割の過失相殺をするのが相当である。

五  結論

以上の次第であるから、原告の本訴請求は金二六八万四四三〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五八年九月八日から完済まで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるからその限りでこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 能勢顕男)

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